あいまい契約が引き起こす争い、セコム損保と富士通のシステム裁判 – ITpro



 大型のシステム構築案件では、契約があいまいなままプロジェクトがスタートしてしまうことが少なくない。その結果システム裁判に至ったケースの一つが、セコム損害保険(セコム損保)と富士通によるシステム裁判である。

 両社は、基幹系システムの再構築プロジェクトを中止せざるを得なくなった責任を巡って対立。双方の経営陣が話し合っても決着が付かず、互いに訴え合う事態に発展した。両社は2009年1月、セコム損保が富士通に解決金として10億円を支払うという内容で和解している。

 本件を詳しく報じたのは、2006年2月20日号の「動かないコンピュータ」。当時のタイトルは「基幹システム再構築が頓挫 あいまいな契約で責任が不明に」(島田 優子=日経コンピュータ)である。その内容を全文公開する。


 セコム損害保険(セコム損保)が、基幹システムの再構築を巡るトラブルで、構築費用の一部に当たる25億円の支払いを求めて、富士通から訴えられていることが分かった。セコム損保も債務不履行を理由に富士通を反訴。現在係争中である。両社経営陣の話し合いでも決着が付かず、訴訟に至った。

 2006年2月10日、東京地方裁判所で富士通がセコム損害保険(セコム損保)に開発費用の支払いを求めた裁判の10回目の非公開審議が開かれた。

 セコム損保は2000年3月に、新基幹システム「NEWS(New Winds of SECOM)システム」の開発を決定。同年5月、富士通にシステム構築を発注した。2001年5月の稼働を目指したが、NEWSシステムの開発は遅延。未完成のまま、2001年11月にセコム損保がプロジェクトの中止を決断し、富士通に契約解除を告げた。

 その後、事態の打開に向けてセコム損保の親会社であるセコムの木村昌平社長(当時)と富士通の関澤義会長(当時)が、会談を繰り返したが、合意に至らなかった。そして2004年7月、富士通がプロジェクト中断前までのシステム開発費用を支払うよう求めて、セコム損保を訴えたのである。これに対し、セコム損保は、債務不履行を理由に富士通を反訴している。

 本誌の取材に対し両社とも、「係争中の事件のため、詳細は話せない」と回答した。以下では両社が裁判所に提出した、訴状や答弁書などの資料を元に、プロジェクトの経緯やトラブルの理由を探る。以下に記載するコメントは、断りのない限り両社の裁判資料を解釈し、まとめたものである。

社長直轄でプロジェクト開始

 セコム損保は2000年3月、代理店を通さない直販型自動車保険の販売を開始するのを機に、NEWSシステムの開発を決定。複数のベンダーに提案を依頼した。このシステムは、セコム損保の主業務である保険の契約や顧客管理機能に加え、経理や資産運用などのサブシステムで構成する予定だった。

 セコム損保は、各ベンダーに提案を求める時点で、「2001年5月の稼働を目指す」とした。このとき、社内に保険システムの構築経験者がいないことや、システム開発プロジェクトの専任担当者がいないことから、「ベンダーにすべての開発作業を委ねる」といった趣旨の条件を、同社は示している。

 4月、セコム損保は委託先候補を富士通と、当時のシステムのベンダーである日立製作所の2社に絞った。最終的に選ばれたのは富士通だった。保険業における実績や価格を考慮してのこととみられる。この時点で富士通は、日立製のメインフレームで動作する既存基幹システムと、新たに構築するオープン系システムを組み合わせる案を提示。開発費用は32億円だった。

 その後、セコム損保と富士通は会合を繰り返し、6月には日立のメインフレームを撤廃し、エスティーエス(社名は当時)の損害保険業向けパッケージ・ソフト「PolNet21」を利用したオープン系システムで、全面再構築する案に変更した。この時点で、構築費用は42億9000万円になった。

 セコム損保の山中征二社長(当時)がプロジェクト・オーナーとなり6月、NEWSシステムの開発プロジェクトがスタートした。この時点で両社は正式な契約を結んでいなかったが、実際の要件定義作業は始まっていた。稼働までの期間が短かったため、正式な契約を待たずに作業を開始した模様だ。




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